構造や設備の設計者は決して下請けではない!

その世界に携わっていない人から見れば、他の世界は非常に複雑で、分かりにくいものです。

建築士(設計者)の世界もそうだと思います。
最近の報道では、「元請けの設計事務所-下請けの設計事務所」みたいな報道が非常に多いのに実に違和感を感じている。

逆に言うと、違和感を感じていない設計事務所は非常に問題であると感じる。
そもそも設備設計や構造設計をする設計者は統括する建築(”意匠”と世の中では言うが私はこの言い方は好きになれない)設計者と共同で一つの建築物の設計をするものである。

仕事(建物の設計の仕方)で考えればわかりやすいかもしれない。
建築の全体の設計を担当する時は、ある程度のイメージ図をまず作る。(たとえば一戸建ての家を造る時の簡単な間取りのようなものである。)このとき、高さ、階数、面積などの求められる規模から適切な構造を選択する。そしてこの段階で、ある程度の柱や梁の位置、大きさ、給排水ガスなどの設備をどのようにどこを通すかなどを形作る。
それを基に、構造設計者、設備設計者に設計のあらかたの形作りを依頼する。簡単な一戸建てであれば一人でやってしまうこともあるが、それでも構造が複雑な時や設備に特徴がある時は専門の設計者に依頼することもしばしばある。

その後、構造設計者、設備設計者が形作りをしていく中で、「ここはこうした方が都合がいい」とか「ここに柱やこのぐらいの大きさの梁がどうしても必要である。」とか「排水ルートを確保するためにここにこのぐらいのスペースがほしい。」などの意見が出される。それらを再度、統括する担当者が中心になって調整していく。それぞれの設計者が「どうしても譲れないもの」というのはあるもので、それはそれで悪くない。どの設計者も「いい建物を造る」という目的は一つであるのだから。それらが、切磋琢磨することで「いい建物」ができるといっても良い。

そしてあらかたの方針が決める。この時点では簡単な平面図や断面図などができている程度である。この作業が『基本設計』である。

基本設計が完了すると、あとは施工者が工事ができるように図面を作成することになる。この作業はそれぞれが分業してできる。これを『実施設計』という。

この『基本設計』と『実施設計』の二つが設計業務である。本当はこのあとに工事中の検査などをする『工事監理』になるのであるが、工事監理の話しは今回は省く。

つまり、建築の統括をする設計者、構造設計者、設備設計者の三者は(あるいはもっと分業化することも可能であるが)、それぞれの仕事は平行して、お互いに情報をやりとりしながら、実施していくことになる。この構造を見ると、決して『下請け』などと言えないはずである。

というのは、理想なのかもしれない。
現実には、”意匠”設計者といわれる人たちが好き勝手にプランを決めて、これに合わせて”構造設計者”や”設備設計者”が何とか納めていく、ということをしていることが多い。これは本来の姿ではない。また”意匠”設計者が構造や設備のことを知っておかないと成り立たないはずであるが、構造や設備の設計者は、無理をしながら何とか入れていく。何とか入れられるのはまだましで、どうしようもなく意に反する設計をすることがあるのかもしれない。
設備に至っては、工事をする業者が図面を自分たちの好き勝手に書くことも多い。つまり、設備の設計をする人(設備設計者)が関与しないと言うことだ。こうなってしまったら破綻してしまっている。工事をする人が図面を書くと言うことは、工事をしやすいように書くだろうし、自分たちが儲けやすいようにするだろう。残念なことに”意匠”設計者にはそのことが分かっていない人が多いのもまた現実である。

私は今まで構造や設備を下請けだと思ったことはないし、常に構造や設備の設計者の意見やアドバイスをプラン作成時に反映するように気をつけている。
しかし、今回の構造計算書偽造事件に関する一連の報道で『元請け設計事務所』『下請け設計事務所』という名前が出ると言うことは、マスコミ各社のイメージ、ひょっとしたら設計業界全体の大多数のイメージがそうなっていると言うことだと思う。

構造計算書偽造事件は、建築士の実態、いや設計業界全体の実態を浮かび上がらせるのに大変大きな役割を果たしてくれたと思う。次はこちら側専門家の対応だと思う。所詮下請けと思っている構造や設備の設計者は多い。元請けで自分が一番偉いと思っている”意匠”設計者も多い。その意識を変えていくことがより一般の人にアピールすることになると思うし、”意に反した”仕事をしなくなる第一歩だと思う。

建築の設計者は皆プライドを持っている(はずである)。それをまっすぐいい方向に向けることが今社会に求められた専門家のつとめだと思う。