2.劣化診断をしましょう
さて、全体の進め方について前回お話ししました。大まかな枠組みが決まると早速大きな目標<大規模修繕工事完成>に向かって一歩一歩確実に進めていくことになります。その最初のステップが「建物劣化診断」です。
「建物劣化診断」とは簡単に言うと「建物の現況を詳しく調べる」と言うことです。
「うちのマンションも築12年になったし、本やインターネットで調べるとそろそろ”大規模修繕”なるものをしないといけないらしい。そういえば外壁もくたびれてきた感じもするしなぁ。」ということがきっかけで大規模修繕に対する取り組み始まるかもしれません。その次に皆さんはどういう行動をとりますか?
1.自分の理事任期が終わるまで、何とか先送りする。
2.外壁が傷んだんだから、当然塗装屋さんに声をかけて見積をもらう。
多くのマンションがこのいずれかを選択するのではないでしょうか? もちろんこのページを読んでいる皆さんはそんなことはないとは思いますが。
1はおいておいて、2を選ぶとどうなるでしょうか?
新築時は色鮮やかだった建物が年々色あせてきます。目に見えてくたびれてくるのが外壁塗装などです。もちろん外壁の”塗装”が傷んでくるわけですから、塗装屋さんに頼むのが一番、ということでA塗装店に見積を頼みます。役員さんがA塗装店に電話をして、「ちょっと外壁塗り替えたいから、見積してもらえないだろうか?」と打診。A塗装店は喜んで見に来ます。役員さん「こんなマンションで塗装がすこしへたってきているので、塗装したいねん。見積よろしく。」てな具合で、見積依頼。困ったA塗装店。「見積もりしてくれって言われてもなぁ、どんな塗装使ったらいいんだろう。あの亀裂はどうするんかなぁ。工事中の住民対応や足場設置時の通路とかはどう考えたらいいのかなぁ。」(塗装屋心の声)で、塗装屋さんは思い切って依頼主(理事長や役員)に連絡。「あのぉ~、この前見積を頼まれたA塗装店です。お世話になります。先日の見積の件なんですが、塗装の種類はどう考えたらいいですか? 亀裂もいくつかあるようなんですがどうしたらいいですか? 工事中の足場や仮設荷物置き場などはどう考えたらいいですか?」などを問い合わせてみます。案の定、素人集団の管理組合。そんな専門的なことを答えられるわけもなく、「適当にやっておいて」と一言。「え~!?」と心の中で思いながらそれ以上聞いても時間の無駄だと思い見積をすることにしました。
A塗装店は分からないなりにも何とか見積を作って管理組合に提出しました。今度は受け取った管理組合が困ります。「これ受け取ったはいいけど、安いか高いのかわからへんなぁ。もう何社か見積とるかなぁ?」なんて具合にB工務店、C建装・・・と見積依頼をします。しかし見積を受けたB,C,・・・もA塗装店と同じことを考えます。「どんな塗料を使うのか、亀裂はどうするのかetc.」
こうして管理組合には無事いくつかの見積が集まり曲がりなりにも比較できる状況となりました。しかし、いざふたを開けてみてびっくり。片や2000万円から8000万円と実に様々。規模や見積範囲にもよりますが、最安値から最高値が2~3倍になることもざらです。いよいよ持って迷うのが管理組合。こういった場合は「一番安いところは悪そうやなぁ~。」という不思議な心理が働き、二番目に安い業者に工事を依頼することが多いようです。
なぜこうなるのか?
もうおわかりかと思いますが、工事業者に工事を依頼するときに「何を、いつまでに、どうするのか」という基本的な内容(「仕様」といいます)を伝えていない(決めていない)が為にこういうことになります。建築工事はスーパーで買い物するのとは異なり「これください。」で買い物はできません。オーダーメイドが原則です。つまり洋服の仕立屋さんと同じです。仕立屋さんに行き、「私の洋服作っておいて」とだけ言い残して依頼する人はいないでしょう。「私の洋服を作りたい。色は赤、サイズは身長・・・、デザインはこんな感じ etc」いろいろと細かく注文を決めないと作れないのです。
建築も実は全く同じです。この部分はこのメーカーの品番○○の塗装で、工事中の足場はこうする、資材置き場はここ、工期はいつまで、など細かく内容を決めないと依頼された方が困ります。先の仕立屋さんが困るように。もし、内容が細かく決まって無く「見積もって」といわれたら、業者が適当に仕様を決めるでしょう。そうするとA塗装店はαというメーカーの○という塗装で、B工務店はβというメーカーの△という塗装で、・・・とバラバラになります。単価も違えば耐久年数も違います。だから、見積金額に大きな開きが生じるわけです。
従って修繕工事をする前には、工事の内容や使う材料、工期や補修の仕方、などをこと細かく決めていく必要があります。つまり、建物の状況を詳しく知る必要があるわけです。それが「建物劣化診断」です。そしてそれは建物を「第三者的に見ることのできる専門家・コンサルタント」がすることが望ましいわけです。なぜならば、工事業者が劣化診断をすると工事業者にとって都合のよい商品を選んだり、後で別の工事業者に見積をとったりすることができなくなるからです。
当然専門家毎に劣化診断の方法は異なると思いますが、当事務所では劣化診断の中で、建物の劣化状況を調査して、修繕部位の抽出・修繕緊急度の判定・修繕方針・概算修繕費用などを示してまとめるます。建物の全体がどのように傷んでいて、どこ(場所)をいつ(時期)、どの程度(費用)の修繕が必要になるのかを把握できるようにしています。また、このときには目に見えて目立つ外壁の汚れや亀裂だけではなく、給排水や電気などの各設備なども含めた建物全般について行ないますし、それも実はとても重要です。コンサルタントに劣化診断を依頼するときに「どの程度のことを見てもらえますか?」と聞いてみてください。コンサルタントや専門家の”深さ”が分かると思います。単純に塗装や防水しか見ませんというのか、設備も含めて必要な調査をします、といってくるのか? 単純に劣化診断の見積金額に出てこない非常に重要な要素が含まれます。そこを見極めることも大切です。
劣化診断をすることによって、「修繕の方針(仕様)」が決まり業者に見積もりを出しても見積した業者はすべて一定の方針に従って見積をするわけですから比較検討がしやすくなります。
劣化診断を行わずに、修繕設計や修繕工事を行うことは、レントゲンや検査をせずに治療したり手術したりすることと同じです。どこが悪いのかを知らなければ、どうすればいいのかは分かりません。
「じゃぁ、次は見積をとればいいんだな。」と思ったあなた。まだまだ早いですよ。大規模修繕への道のりは今始まったばかりです。劣化診断は長い道のりの中でやっと一歩を踏み出したにすぎません。
次は「劣化診断後はどうするの?」についてお話をすすめたいと思います。”