2004年8月28日から9月1日まで北海道に行きました。と言っても、遊びに行ったわけではなく、日本建築学会の大会に出席するためです。というのは表向きで、その合間を縫ってちょっと旅行をしました。
途中、一日富良野まで足をのばしました。札幌から車で約1時間20分。地図上では近いのかなぁと思いきや距離にして約120kmあるので、やっぱり遠いのです。北海道の感覚としてはそう遠い部類に入らないのかもしれません。
富良野と言えば、ドラマ「北の国から」をすぐ思い浮かべるほど有名になりました。私も「北の国から」が大好きなので北の国からロケ現場やゆかりの地などを回りました。
天気もよく、北海道を満喫してきました。
「北の国から」は脚本家 倉本聰氏が、北海道の生活をある家族を通して中央(東京)に発信したかったものだそうです。ドラマは非常によくできていて、絵も美しく、テンポも速すぎず遅すぎず、すーっと心の中に入ってくるものです。
富良野にいってそのことがよりよくわかりました。常に私たちも急ぎすぎていますし、現在のドラマも3ヶ月単位で猛烈なスピードでストーリーが展開されます。
もっとゆっくりいこうよ、というメッセージがここにはあります。ドラマの内容や善し悪しについては私がえらそうに言うまでもないのですが、ドラマで重要な一部である、黒板五郎の拾ってきたもので作った家シリーズがあります。ドラマでは、ゴミ処分場に廃材として捨てられている木材や石、スキー場のゴンドラや電話ボックス、タイヤなどを集めてきて家を作ってしまうのです。ものすごく時間をかけて、ゆっくり作り上げていきます。ドラマと言うことをさっ引いて考えるのですが、ここにもの作りの原点を見た気がします。
安く美しく作ると言うことが昨今の建築のテーマになっているように感じますが、もう一つ上を見た方がいいのではないかと感じました。
拾ってきた家には新築のような整った美しさはないですが、そこには、何かしらの息づかいがあります。その廃材達は、捨てられる前に目的通り使われてきた時と、誰かの手によって家に作り替えられてからと少なくとも2度の生命を与えられています。
もの作りとは、そこにどんな気持ちや思いを織り込むことができるか、そこに何を想像できるかではないかと、改めて思いました。私たちも図面に線一本引くときも、これはどう見えるのだろうか、どうなるのだろうか、を考えます。それを伝えること。これがもの作りの原点になるのだと言うことを思い直したひとときでした。
拾ってきた家
雪子の家
雪子の家 内部
ちょっとドラマくさい?
ま、セットですから。
五郎 石の家
廃材となっている石を拾ってきて作ったという設定
石の家 内部
五郎の言葉
そりゃそうだと思った。
これぞ北海道!
という写真