建築士という職能

1/17は阪神大震災の発生した日で、今年2015年で20年を迎えました。阪神大震災は、関西のみならず様々な人の人生や考え方を大きく変えたと思います。私も建築技術者として影響を受けたことは間違いありません。

そんな「阪神大震災20年」という記事があふれる中、建築系の専門誌を多く発行している日経BP社のケンプラッツというサイトに、雑誌「日経コンストラクション」関係の記事として「ケンセツ的視点 震災で露見した欠陥住宅問題の衝撃 」という記事が掲載されました。無料ではありますが、登録制なので、読めない方もおられるでしょう、将来的に削除・異動の可能性もありますので、一部抜粋して以下に掲載します。

 発生から20年が経過した阪神大震災については、住宅の被災によって露見した欠陥住宅問題が最も強烈に記憶に残っている。当時は建築雑誌の日経アーキテクチュアで駆け出しの記者だった。同問題の取材を通じて学び取り、考えたことは、土木雑誌に転じた今の自分にも影響を与え続けている。

欠陥住宅問題の取材で、被害を受けた消費者を支援する弁護士のサポートに力を注ぐ建築士の存在を初めて知った。震災前の取材では、建築士は自ら手掛ける建築設計に没頭するタイプが多いというイメージがあったので、新たな建築士像を発見したように感じた。時には訴訟で同業者や不動産会社を敵に回す活動ぶりは、建築・住宅市場で生きていくうえではむしろマイナスではないだろうか。建築士事務所の多くは株式会社、すなわち企業でもあるが、広い産業界には資本主義的な観点だけでは視野に収めきれない業態もあると実感したのだった。
(震災で露見した欠陥住宅問題の衝撃から引用)

私は、この記事で引っかかったのは以下の4点です。

  1. 「建築トラブルにあった消費者を建築技術的な側面から協力する建築士がいること」にニュース価値があるかのような記載
  2. 建築士が「自ら手掛ける建築設計に没頭するタイプが多い」と思われていること
  3. 「欠陥住宅問題」に協力する建築士が「新たな建築士像」だと思われていること
  4. そういった建築士が「同業者や不動産会社を敵に回して」それが「建築・住宅市場で生きていく上でマイナス」だと思われていること

たったこの2段落の文章だけでこんなに不思議な気分にさせられました。と同時に、考えさせられました。

この記事は、上述のように、建築・土木関係者の専門誌ですので、一般の消費者の目に触れることは少ないと思いますので、あまり目くじらを立てる必要はないと思っています。ただ、私達建築士が何を考えて、何を取り組んでいるのか、何に挑戦しているのか、が業界専門紙の記者であっても理解されていないのかなぁ、と少し感じたと同時に、まだまだアピール力が足りないことを痛感しました。

建築士は、建築士法に「建築物に関する調査若しくは鑑定」が業務であることを明記されています。したがって1番目の記載は単なる勉強不足に思います。もちろん調査や鑑定なんかしない、という建築士もいますが、トラブル紛争案件だけではなく、単なる調査や鑑定(建築基準法に基づく定期報告の調査など)を行う建築士は少なく無いと思います。調査や鑑定業務は建築士が自らの技術や信念に基づいて行う業務です。つまりその独立性を守られていることにほかなりません。同じ建物であれば、依頼者が誰であっても、同じ判断が出るのが「技術的判断」です。危険な建物を、依頼者の都合に合わせて「安全である」とはいえません。至極当然なことだと思います。

だから、3番目の指摘である「新たな建築士像」でもなんでもなく、4番目の指摘のような「敵に回す」つもりなどはみじんもありません。敵・味方で裁判に協力しているわけではありません。むしろそのトラブルをスムーズに、かつスマートに解決させるために、自らの技術や知識を使って協力しているに過ぎません。

だから、同業者や施工者・不動産会社と技術的な議論をすることはあっても、「恨みつらみ」の感情を持つことはお互いほとんどありません。むしろ、裁判やトラブルの相手方である施工者やデベロッパーなどと、後日別件の相談や依頼があることもよくあります。困っているのは、消費者だけではないのです。

もちろん、大したことないのに大きな事件にしたがる「事件屋」みたいな建築士がいるのも事実です。欠陥を見つけるために、重箱の隅をつつくような調査をして、高額な調査料を消費者から受け取って、飯の種にしている建築士がいるのも知っています。

でも、その手の輩はどの業界にもいると思います。同時に、不幸にしてトラブルに巻き込まれる消費者や建築関係者がなくならないのも事実です。そういった人たちに対して、独立性を保って関与でき、第三者的な技術的な判断をするのが「建築士」の重要な業務だと思っています。

2番目の「自ら手掛ける建築設計に没頭」したいのは言うまでもありませんが、なかなかそうもいきません。
当事務所だけでも、トラブル・紛争案件は年間30?50件程度あります。簡単に解決する案件もありますが、何年も裁判をする案件も少なくありません。そういったトラブルを未然に防ぐのも「建築士」の業務です。

何らかの御縁でこの記事を読まれた方にとって、少しでも「建築士」を知ってもらうことができ、少しでもトラブルを減らすことにつながることを願うばかりです。
そして私達建築士は、「建築士」の職能をもっと世間に認知してもらうような、活動が必要です。