「床なりがします。クロスに黒い筋が出ています。」という話があり初期調査に行きました。初期調査とは、その名の通り最初に数時間依頼者の気になっている事項について確認(主に、目視や打診など)をして、今後の相談や調査に当たってどの程度のことをしないといけないか、いくらぐらいに相談手数料・調査費用が必要かなどを調べるために行うものです。この初期調査の費用は時間あたり1万円程度頂いていますので、だいたい4~5万円程度です。基本的に私は欠陥やトラブルなどの案件は初期調査をすることにしています。いきなり本格的な調査をすると、数十万になることがありますし、だいたいいくらぐらいかかるのかがわからないと相談する方も困ると思いますので。
さて、初期調査に出たその物件では、「床なりがする。クロスに黒い筋が出ている。アルミサッシが跳ね返ってくる。引き戸の間から光が漏れる。等々」たくさんの「(自称)欠陥」がありました。結論から言うと、そのどれもが小さな問題でおよそ欠陥とは言えないものでした。それは良くあることですし、それで何ら問題がないことがわかれば安心できるのだと言うことでしたら良いことだと思います。何も欠陥や不具合を捜すのが私たちの仕事ではありませんから。また、一般の人が欠陥かどうかと言うことを見極めるのは非常に難しいですし、その必要はありません。疑問に思えば都度専門家に相談して、納得できれば良いのですから。
この案件の難しかったかのは、このお客さんが図面などの契約書類の一切を見せてくれなかったこと。しかも、それらを見せずに「報告書を書け」と要求されたことです。
私たち建築士の技術的な判断はいついかなる時も一つです。正しい・正しくない、を判断するのは「(依頼者が)不具合として申告されている状況」「現場」「契約書」などの複数を総合的に判断して、判定をします。つまり、依頼者からお金をもらうから依頼者にとって有利なことだけをいう、有利なように考える、のではなく、誰がどう見ても「そのとおりである。」と言える内容しか責任を持てません。依頼者の一方的な意見だけを聞くのではなく、相手の言い分を聞いたり、それができないときは原則通り契約書に基づいた判断をすることになります。
余談になりますが、ここが「弁護士」と立場が違うのだと思います。弁護士は弁護をするわけですから、依頼者の有利になるように努力するのが仕事です。私たちは技術者で技術的な判断を求められるので、たとえ依頼者が施工者であっても同じ回答をします。つまり誰に聞かれても常に同じ答えをしますし、しなければいけません。もっとも施工者の依頼はお断りしますが。
そのような判断をするときに、依頼者と相手方とのあいだにどのような約束事があったのかがわからないと「いい・わるい」の判断が難しいのです。明らかに構造上の欠点があったり、法律違反があったりするとそのことを指摘することは比較的容易ですが、そうでない場合は判定が非常に困難になります。個人的な感想を書くことはできますが、それが契約上の不備なのか、欠陥なのか、問題ないのかは知ることができないからです。
なのに、この依頼者は契約関係書類を全く見せてくれず、「契約書や図面なしで調査して下さい」と言われます。そこまで行くと無理ですから、お断りしました。
こちらの説明が悪かったのか、伝わらなかったのが残念です。
建物の調査を依頼するときは、「これは関係ないだろう」と素人判断せずにすべての書類を見せて下さい。私たち建築士にも守秘義務があります。業務上得た情報を当事者の許可なしに第三者に漏らすことは決してありません。契約書などを含めたすべての書類を提示することが、もっともスムーズに効果的に解決を図る方法だと言うことを理解してもらいたい、と感じる相談でした。