program2026 SUMMER

- Greeting -
 「フェッセルン・アンサンブル第30回定期演奏会」を4月に終え、少し調子に乗って、8月にクラリネットとピアノの演奏会をすることにしてしまいました。いわゆる「リサイタル」というものが、これほど大変なものなのかと、今さらながら思い知っています。何を演奏するか、どう聴いていただくか、そして何より一人で背負うプレッシャー。なかなかのものです。
とはいえ、決めた以上はきっちりやりたい。そこで今回は、今の私が皆さんにお届けできる音楽と、この綿業会館という特別な空間にふさわしい作品を選んでみました。

 ストラヴィンスキーの《3つの小品》。クラリネット奏者にとって大切な独奏レパートリーであり、当時としてはかなり前衛的な作品です。ところが、今日演奏する曲の中では、実はこれが一番古い1918年の作品です。ストラヴィンスキーが初めてアメリカを訪れたのは1925年。その翌年の1926年に、ガーシュインがピアノのための《3つの前奏曲》を作曲しました。今回はそれをクラリネットとピアノのためにアレンジした版でお聴きいただきます。
前半最後は、ベルギーの作曲家ブロッセの《エレジー》。バスクラリネットとピアノのための作品で作曲は1993年頃。そして第2部では、アメリカの作曲家ブラックウッド1994年の作品で、ピッコロ・クラリネット(エスクラリネット)のための曲です。この曲は、初演者である元シカゴ交響楽団首席クラリネット奏者、ジョン・ブルース・イエ氏から直接楽譜を送っていただきました。どうしてもこの曲を演奏したかった。その思いが、今回のリサイタルの軸でもあります。
最後は、フランスの作曲家サン=サーンスのクラリネット・ソナタ。最晩1921年に書かれた作品です。そして、ここ綿業会館が設計・建築されたのが1930年前後、竣工は1931年。こうして並べてみると、今日のプログラムは大阪で綿業会館が作られていた前から近代(1918年~1994年)まで、世界で作られてきた20世紀のクラリネットの音楽をたどる旅になっています。20世紀という時代は、音楽も建築もこれまでにない新しい表現が次々と生まれた、本当に面白い時代だったのだと改めて感じます。

そんな音楽と建築が出会うこの特別な空間で、クラリネットとピアノがどんな響きをつくるのか。私自身も楽しみながら、皆さんと一緒にこの時間を味わえればと思っています。
どうぞ最後まで、ゆっくりとお楽しみください。
- Program -
ストラヴィンスキー
 Igor Stravinsky (1882-1971)
クラリネットのための3つの小品
3 Pieces for Clarinet Solo, K033
1. Sempre piano e molto tranquillo
2. ( 2 bars, unmetered )
3. forte from beginning to end (61 bars)
クラリネット :橋本 頼幸
ガーシュイン
 George Gershwin (1898-1937)
3つのプレリュード 編曲 ジェームズ・コーン
3 Preludes for Clarinet & Piano arranged by James Cohn
1. Allegro ben ritmato e deciso
2. Andante con moto e poco rubato
3. Allegro ben ritmato e deciso
クラリネット :橋本 頼幸  ピアノ :井上 真衣子
ブロッセ
 Dirk Brosse (1960- )
エレジー バスクラリネットとピアノのための
Elegy for Bass Clarinet & Piano
バスクラリネット :橋本 頼幸  ピアノ :永山 愛美
< 休憩 ~ Intermission ~>
ブラックウッド
 Easley Blackwood (1933-2023)
ソナチネ ヘ長調 作品38 エスクラリネットとピアノのための
Sonatina in F Major, Op.38 ( for E-flat Clarinet and Piano )
Ⅰ: Allegro Con Brio
Ⅱ: Adagio
Ⅲ: Allegretto
エスクラリネット :橋本 頼幸  ピアノ :木田 淳
サン=サーンス
 Camille Saint-Saens (1835-1921)
クラリネットとピアノのためのソナタ 変ホ長調 作品167
Sonata for Clarinet and Piano, Op.167
Ⅰ: Allegretto
Ⅱ: Allegro animato
Ⅲ: Lento
Ⅳ: Molto allegro
クラリネット :橋本 頼幸  ピアノ :木田 淳
- Program Notes -
綿業会館とともにたどる20世紀の音楽

 

1918年 ストラヴィンスキー – クラリネットのための3つの小品
本日のプログラムはロシアのストラヴィンスキー《クラリネットのための3つの小品》から始まります。1918年第一次世界大戦末期、36歳の時に書かれたこの無伴奏作品には、短い演奏時間に、鋭いリズム、静かな独白、ジャズを思わせる感覚が凝縮されています。かなり前衛的な作品になっています。
1921年 サン=サーンス – クラリネットとピアノのためのソナタ 作品167
一方、フランスのサン=サーンスは1921年作曲者最晩年86歳に《クラリネット・ソナタ》を作曲します。20世紀の新しい響きへ向かったストラヴィンスキーに対し、サン=サーンスは古典的な均整と歌心を最後まで保ち続けました。柔らかな音色と明晰な構成が生きる、気品あるフランス近代の名品です。

1920年代には、都市文化の広がりとともにジャズが新しい音楽語法として注目されました。
1926年 ガーシュイン – 3つのプレリュード
アメリカ・ニューヨークで28歳のガーシュウィンは《3つの前奏曲》を作曲します。ブルース、ジャズ、ラグタイムの感覚を、クラシック音楽の小品の中に鮮やかに取り込んだ作品です。都会的な魅力がクラリネットを加えたことでさらに際立ちます。
1931年 綿業会館竣工
同じ時代、大阪は「大大阪」と呼ばれる発展期を迎えていました。紡績・繊維産業が大阪経済を支える中、1930年、船場で綿業会館の建設が始まります。設計は40代の渡辺節。その設計組織には30代の村野藤吾も参加し、1931年12月に竣工しました。端正な外観の内側には、ジャコビアン、クイーン・アン、アンピールなど多様な様式が共存しています。異なる時代や地域の文化を一つの空間に収めるこの建築は、20世紀音楽の多様性とも響き合います。
1993年頃 ブロッセ – エレジー バスクラリネットとピアノのための
20世紀後半になると、クラリネット属の表現の幅はさらに広がっていきます。
ベルギーの作曲家ブロッセが33歳の時に作曲した《エレジー》は、バスクラリネットとピアノのために書かれた叙情的な作品です。低音域の深い響きから高音域まで、バスクラリネットの人の声に近い表情が引き出されます。現代作品でありながら親しみやすく、悲しみ、回想、静かな受容が美しく描かれます。
1994年 ブラックウッド – ソナチネ作品38 エスクラリネットとピアノのための
61歳のブラックウッドが作曲した《ソナチネ》は、さまざまな実験を経た20世紀後半に、あえて調性と古典的な形式へ立ち返った作品です。明快な和声、軽快なリズム、そして小さなクラリネットならではの鮮やかな音色が、現代的でありながら親しみやすい魅力を生み出しています。

ストラヴィンスキーの《3つの小品》は綿業会館が完成する13年前の音楽、サン=サーンスのソナタは10年前、ガーシュウィンの《3つの前奏曲》は5年前の作品です。その後、音楽はさらに前衛的な方向へ進み、さまざまな新しい表現が生まれましたが、20世紀末のバスクラリネットやピッコロ・クラリネット(in E♭)のために書かれた作品は、前衛的で難解な音楽ではなく、明朗で親しみやすい一方、懐古的なだけではない現代的な音楽も生まれています。
音楽にも建築にも流行り廃りはあります。しかし、時代を超えて残っていくもの、そして私たちが残したいと思うものは、国や時代が変わっても、それほど大きくは変わらないのかもしれません。
綿業会館はまもなく100年を迎えようとしています。
贅沢な空間と音楽を守り受け継ぎ、おだやかで安定した時代を築いてきた諸先輩方に感謝と敬意を表して。
- Members -
Pianists
ピアニストという人たちは、少し不思議です。一人で音楽を成立させられる楽器だからこそ、ソリストには自由奔放な人も多い一方、室内楽やアンサンブルのピアニストは驚くほど真面目で、時に真面目すぎるほどです。楽譜を読み込み、相手の音を聴き、細かなテンポや音量にも丁寧に向き合う。その芯の強さと柔らかさが、アンサンブルの面白さを支えているのだと思います。
今回ご一緒する3人にも、それぞれの「ピアニストらしさ」があります。木田淳さんは気さくな物腰の奥に、力強く音楽を組み立てる確かさを持つ方。永山(梅田)愛美さんは真面目で誠実、細部まで決しておろそかにしない頼もしいピアニストです。そして井上真衣子さんは、悩みながらも楽しそうに音楽をつくり、魅力的なピアノを届けてくれる、どこか謎めいた存在です。
一人でも音楽を成立させられるピアノが、誰かと出会ったとき、相手を受け止め、時には譲り、時には譲らず、新しい響きが生まれます。今日の3人が、クラリネットとともにどんな音楽を聴かせてくれるのか。三者三様のピアノを、どうぞお楽しみください。(Y.Hashimoto)

Clarinetist
彼のLINEのプロフィールを開くとそこにはこんな文字が並んでいる。
『攻めるか、攻めすぎるかの二択』
まさしく今日の演奏会がそうだ。各種クラリネットが揃い踏みのソロコンサート、それも1日に昼と夜の2公演。これを攻めすぎと言わずになんと言おうか。 そして彼がすごいのは、これを楽しげに軽々とやっているように見せてしまうところだ。建築事務所や大学の仕事で忙しい中これだけの曲目を準備するのは不安や悩みもあっただろうが、MLに流れてくるのは前向きでなんだか軽やかなコメントばかりである。本人は実は水面下では足をバタバタさせていると言うが決してそんなそぶりは見せない。そして結局難しいこともその姿勢と影の努力でなんとかしてしまうのだ。
30年前のフェッセルン第1回演奏会で彼はブラームスのクラリネットソナタ、三重奏、五重奏と全プログラムに出演している。身体を大きく揺らしながら全曲を熱く演奏する彼から音楽への情熱をひしひしと感じたものだが、それから年月を経て守りに入るどころかさらに『攻めすぎ』な今回のプログラムである。
音楽的経験と人間的な深みを増してきた彼が、今日この会場で どんな音楽を奏でるのか私は楽しみでならない。(Y.Nishikawa)

Clarinet
使用楽器とセッティング(仕掛け)

クラリネット in E♭ YAMAHA     YCL-681
クラリネット in B ビュッフェ・クランポン Tradition
クラリネット in A ビュッフェ・クランポン Tradition
バスクラリネット ビュッフェ・クランポン Prestige LowC

マウスピース
 全て   バンドレン ブラックダイヤモンド BD5
リガチャー
 メーカー Silverstein(シルバースタイン)
 in E♭    クアドロ シルバー
 in B / in A  ヘキサ ローズゴールド
   クアドロ ゴールド
   初期モデル シルバー のいずれか
 Bass    オリジナル カーボンブラック
バレル
 in E♭   Backun グラナディラ 40.5mm
エンドピン
 Bass    真鍮製特注

1日2回公演も無茶と言えば無茶だよな。
そもそも、4月に30回目の定期演奏会をやったばかりなのに、8月に演奏会をする。しかも1日2回。冷静に考えれば、もう少し間を空けてもよかったのではないかと思わなくもありません。
ピアニストの皆さんにも大変ご迷惑をおかけしました。
よくお付き合いいただけたものだと感謝しかありません。

でも、「やってみたい」と思ってしまったものは仕方がない。やりたい曲があり、それを聴いてもらえる場所があり、一緒に演奏してくれる人がいる。そして、そこに来てくださる人がいる。これだけ条件がそろってしまえば、やらない理由を探すほうが難しい!? アマチュアの音楽活動なんて、こんなんでいいですかね。
でも、いい音楽をやりたい、やるべきだという思いに
プロもアマチュアも関係ない!
今できる最高のところまで登った先に見える景色は
きっと同じなのだと思います。