program1997

- Greeting -
「イシュルって何?」と、この演奏会の宣伝をするたびに必ずそう聞かれます。ここで、改めてイシュルの意味を。
 イシュルとはザルツブルクの東約50kmほどに位置するオーストリアの小さな町です。町にはトラウン川が流れていてます。ここイシュルはブラームスが好んで訪れた避暑地です。ウィーン楽友協会の音楽監督の仕事や教育活動に忙しかったブラームスは、作曲活動をオフシーズンの夏に保養地で行うようになりました。その保養地の中でもっとも多く訪れたのがイシュルでした。そして本日演奏いたします三曲ともそのイシュルで、しかも晩年に書かれたものです。TrioとQuintetが58歳、Sonataが61歳の時の作品です。ブラームスは64歳で他界しますから、これらは最晩年の頃の作品ともいえます。Sonata(作品120)以降、ブラームスは、死の前年(1896)に「四つの厳粛な歌」(作品121)とオルガン用の「11のコラール前奏曲」(作品122)の二曲を書いただけです。いわば本日の三曲は円熟したブラームスが自らの生涯を過不足なく表現したものともいえます。また、私個人はこの三曲のどれも”クラリネットのための室内楽”ではなく”クラリネットを用いた室内楽”だと思っています。ただ、ブラームスの晩年の友人でもあり名クラリネット奏者でもあるミュールフェルトのクラリネットが、晩年のブラームスの心情に共鳴したのでしょう。
 「すごいプログラムだね。」こんな声もよく聞かれます。私もそう思います。そして今日の出演者は皆、素人です。無謀だと思われる方もおられると思います。でも、そこには学生だからできる、素人だからこそできる、プロにはできない音楽があると信じています。それを本日は感じていただきたいと思っています。先入観や固定概念をすべて頭の中から取り去ってください。そこには、肩書きも学歴もない純粋な音楽の世界が扉を開けます。
- Program -
ブラームス
 Johannes Brahms
クラリネットとピアノのためのソナタ第2番 変ホ長調 作品120-2
Sonate fur Klavier und Klarinette Nr.2 Es-Dur op.120-2
I .Allegro amabile
II .Allegro apassionato
III .Andante con moto
クラリネット :橋本 頼幸
ピアノ :土屋 奈津
ピアノ、クラリネット、チェロのための三重奏曲イ短調、作品114
Trio fur Pianoforte, Klarinette, und Violoncell a-moll op.114
I .Allegro
II .Adagio
III .Andantino grazioso – Trio
IV .Allegro
クラリネット :橋本 頼幸
チェロ :有澤 直美
ピアノ :土屋 奈津
< 休憩 ~ Intermission ~>
クラリネット五重奏曲 ロ短調 作品115
Quintett fur Klarinette, 2Violinen, Bratsche, und Violoncell h-moll, op.115
I .Allegro
II .Adagio
III .Andantino -Presto non assai, ma con sentimento
IV .Con moto
クラリネット :橋本 頼幸
第1ヴァイオリン :宮木 義治
第2ヴァイオリン :岩本友理子
ヴィオラ :小西 喜代美
チェロ :山口 知子
- Program Notes -
クラリネットとピアノのためのソナタ 第2番 変ホ長調 作品120-2
 
ブラームスはこの曲を楽しんで書いていたのではないだろうか。ブラームスがこの世を去る3年前(1894)、最後の室内楽として。
 ブラームスは1891年にマイニンゲンでミュールフェルトというクラリネット奏者と出会い、衰えていた創作に対する情熱を再燃させることになる。そこで生まれたのが、TrioとQuintetだが、この二曲はブラームスの心情や情熱、そして何よりもミュールフェルトへの強い思い入れが表現されている。しかしこのソナタは晩年の作品に見られるような重厚さよりも、むしろ単純簡明さをもち、幾分親しみやすい。しかも他の二曲が響きの重厚なA管を使うのに対し、ソナタには1番2番とも響きの明るいB管を使用している。ブラームスがいかに自由な気持ちで作曲に望んだかが伺える。ブラームスの持ち味を最大限に出し切った傑作ともいえる。
第1楽章;アレグロ・アマービレ
親しみやすい主題と明確なソナタ形式。クラリネットの幅の広い音域を巧みに使用している。
第2楽章;アレグロ・アパッシオナート
3部形式でスケルツォ楽章に相当する。力強い主題の第1部とレントラー風の第2部。
第3楽章;アンダンテ・コン・モート
厳格な対位法で入念に書かれた主題とその変奏、リズミックで力強いフィナーレ
ピアノ、クラリネット、チェロのための三重奏曲 イ短調 作品114
 
 この曲は、前後の二曲に比べて演奏される機会は少ない。その理由を、主題の取り扱いが魅惑的でなく、スランプの時期の作品だからという人もいる。果たしてそうだろうか?
 実際ブラームスは、作品111の弦楽五重奏曲で創作力の限界を感じ、1890年秋に筆をおく決心をしていたらしい。しかし、1891年にミュールフェルトと運命的な出会いをして、クラリネットの室内楽四曲が生まれたのは周知の事実である。その四部作の最初がこの曲で、まだスランプを脱していなかったという見方が強い。現にこの曲はそう演奏されない。しかし、その理由が曲の完成度が低いからという意見は賛成できない。むしろ、完成度は実に高い。そして、三重奏曲というスケールを大きく越えているように思われる。「(第五)交響曲」への憧憬さえうかがえる。現にシュタインバッハによると1楽章冒頭主題は、交響曲用として意図されたものらしい。また、この曲は、各楽器の響きを実に巧みに操っている。「楽器同士が恋に陥ったかのような」この曲はそんなハーモニーを持っている。
第1楽章;アレグロ
情熱を秘めた主題とそれを広げる対位法を繰り返し各楽器が語り合う。ソナタ形式。
第2楽章;アダージョ
暖かい優雅な主題と、しばしば訪れるため息。表情豊かな楽章。
第3楽章;アンダンテ・グラッツィオーソ
古いロココ時代のメヌエットを思わせるが、レントラー風要素も持っている。ロンド形式。
第4楽章;アレグロ
2/4拍子と6/8拍子が激しく行き違う。ブラームス独特のリズムとハンガリー的色彩を持つ。
クラリネット五重奏曲 ロ短調 作品115
 
 このクラリネット五重奏曲はブラームスの作品の中でも、オリジナル性の高さや、その悲愴感などから、最高傑作の一つと言われている。また、晩年のブラームスの特徴である、厳格な形式と充実した多様性、ハンガリー的色彩、崇高な諦観などが、余すとこなく織り込まれている。さらにブラームスはクラリネットの特徴をよくつかんで生かし、弦との融合にも細心の注意が払われていたことが伺える。きわめて効果に富む広い音域、音色が音域により変化する様、表情、また他の管楽器と比べて強弱の差をつけやすい、といったクラリネットの特徴を彼の話法で実に巧みに表現している。
 この曲の調は、全体的にロ短調であるが、主にロ長調とニ長調に動いている。つまり主要調が狭い範囲に限られている。短調の特徴である短3和音と短3度が全楽章を貫いていて、主題の扱いに厳格なまでの一貫性がある。さらに第4楽章の変奏曲の主題にはこうした特徴が凝縮し、変奏曲作家としての最高の技術で展開させていく。ブラームスの思い描く音楽の収束点がここにあるのではないだろうか。
第1楽章;アレグロ
冒頭の調性の不安定な主題がこの曲の全楽章をつかさどることになる。
第2楽章;アダージョ
もっとも強い印象をあたえる楽章。苦悩と憧憬が交叉したような感を漂わせる。中間部はジプシー風色彩を持つ。
第3楽章;アンダンティーノ – プレスト・ノン・アッサム・マ・コン・センティメント
晩年のブラームスに多い形式で、メヌエット風ともレントラー風ともとれる序奏で始まり、主部はスケルツォ的要素とハンガリー的色彩を持つ。
第4楽章;コン・モート
変奏曲形式だが、ロンド風性格も持ち合わせている。前の三つの楽章を総括したような主題に始まる。フィナーレに第1楽章の主題を見せ、曲は静かに幕を閉じる。
- Members -
橋本 頼幸(Yoritaka HASHIMOTO); クラリネット
 橋本氏と私が初めて出会ったのは今を去ること5年前、私が純な少年だった頃である。実際最初は「このおっさん誰やねん?」と思ったものである。彼が自分より年下であると知ったときのあの衝撃…腰から崩れ落ちそうになったことは今でも鮮明に覚えている。そんなことがありながらも彼は私の最も良き友人の一人である。私は彼が人に隠れて禁欲的なまでの努力を続け、現在の腕前に達したことを知っている…好きでやっているフシもあるが。私は彼が毎日とても忙しい生活を送っていることを知っている…まだまだ余裕がありそうだが。私は彼が女で身を持ち崩すことなどあり得ないと自負していることを知っている…そう思っているのは本人だけだが。
土屋 菜津(Natsu TSUCHIYA); ピアノ
 明るくてさわやかで、和やかな雰囲気のあるなっちゃんは、初対面の時からなぜか以前から知っていたような親近感が感じられる。それにピアノ以外にも大学のサークルではホルンを担当しています。ですからアンサンブルにもとても慣れていて一緒に練習していても臨機応変に合わせてくれます。
 今日演奏するこの曲はピアノパートが特に難しいのですが、なっちゃんの醸し出すファイトのある音色をお楽しみ下さい。
有澤 直美(Naomi ARISAWA); チェロ
 おネエさまという雰囲気を辺りに漂わせながら、静かな面もちでチェロを弾く。そう、Trioの冒頭は彼女のsolo。豊かで優しい音色の奥に情熱を感じさせる。こんな有澤さんだが、意外とおかしな人である。「う~ん、この音いつも短くしてしまうわ。ビブラート5回してから音かえよーっと。」そうか、彼女はあの表現力のウラでこんな事を考えていたのか。でもやっぱりチェロを弾いているときの有澤さんは、その腕と豊かな音楽経験でこのTrioを引っ張ってくれる人である。ブラームスのこの難曲を試行錯誤しながら取り組んできたが、的確なアドバイスを周囲に与え、周囲からのわがままの要望にも器用に応じてくれる人です。
宮木 義治(Yoshiharu MIYAKI); ヴァイオリン
 私は、宮木さんのことをあんまり知らないので、他のメンバーに聞いた話を書きます。宮木さんは、「動物のお医者さん」(佐々木倫子作、花とゆめコミック、全12巻)のセリフを(セリフになってないとこも)全部暗記している人だそうです。芸能情報はすべて電車の吊り広告で仕入れているため、肝心なところのツメが甘いらしいです。あと、私は全く意味がわからないけど"ラブラブプルト"を作ったと書けと言われたので書いておきます。(編集:オーケストラでは、通常弦楽器は二人一組で、プルトというものを作ります。)
岩本 友理子(Yuriko IWAMOTO); ヴァイオリン
 通称ゆーちゃん("ゆうちゃん"ではない)。特技は、泣く子も黙る"マシンガントーク"。彼女の家に電話すると30分は一人で喋ってくれます。会社のこと、家のことetc.(実は彼女はメンバー唯一のOL)。とにかく喋りだしたら止まりません。息が切れても喋り続けます。最近流行の"しゃべりタランティーノ"という言葉は、実は彼女のためにCM制作部が作ったのだそうです。しかし、そんな彼女はとっても人見知りをするんです。といってもなかなか信じてもらえませんけど。でも、本業は"OL"なんです(この原稿を書いた時点ではね)。
小西 喜代美(Kiyomi KONISHI); ヴィオラ
 きよちゃんは非常に感性の豊かな女性である。彼女は今までそのセンスと才能で数々の演奏会のポスターやプログラムを手がけてきた。今回のこのプログラムもチラシも例にもれず、彼女の作である。また、彼女は大学から楽器を始めたにもかかわらず非常に上手に弾きこなす。今ではその正確無比なリズム感覚で、筆者のリズムの悪さを指摘してくれるのである。しかし、写真を撮るのは非常に好きだが、撮られるのは非常に嫌いという病気はまだ治っていないようである。
山口 知子(Shiruko YAMAGUCHI); チェロ
 えー?山口さん?そんな言うほどのネタないし。あ、でも、初あわせの後みんなでお好み焼き食べに行って、納豆お好み焼きにオプションでチーズつけて七味かけてたのは彼女やったな。練習の休憩の時、一人どん兵衛すすってたのも彼女。あと練習中「そろそろお昼にしようか」と誰かが言った時には真っ先に立ち上がり、その後練習が少しのびた時は、すでに気分はお昼御飯な彼女は上の空。そういえば、燕尾服をゴキブリと言ったとか、オペラ歌手目指して修行中とか、ホントは本番真っ赤なカクテルドレスが着たかったとか、これ全部・・・山口さん。なんや、けっこーネタだらけやん。ま、しるこさんとはそんな人です。
最後に、
 本日の演奏会のために、惜しみなく指導していただきました、大阪フィルハーモニーの永瀬和彦先生および田中賢治先生、応援して下さいました多くの皆様、そして本日来ていただきました多くの方々に感謝の意を表します。
また、本日の"クラリネットとピアノのためのソナタ第2番"は、私の友人でもあり、よきパートナーでもあった故寺西美佳さんのために演奏いたします。2年前若くして病気のため他界した彼女と、生前この曲を演奏したことがあります。その時、もう一度演奏しようという約束をしました。今、あれから5年の歳月を経てようやくその約束が果たせます。
 本日の演奏が彼女に届きますよう願っています。